句評 村野 太虚
ででむしもかえるもへびも夕立かな 露徒
沛然と夕立がやってきた。ででむしや愛すべき小動物たちがうろたえ駆けまわっている。小動物たちを通して作者は夕立の景を童話的に絶妙な表現で語っている。ひらがなオンリー効果。因みにでんでん虫は<でんでん虫虫カタツムリお前の目玉は、、>の童謡からきたのであって<でで虫>の呼称のほうが古いのだとある。
<でで虫の住みはてし宿やうつせ貝 蕪村>
片蔭
<片蔭>が季語として意識されだしたのは、大正以降、虚子以後である。これが季語としてたてられると、それ以前の万葉時代からあった<夏蔭>の影が薄くなった。<片かげり>に到っていかにも夏らしい情趣のたゆたいをそこに見出すようになった。(健吉)
片蔭や一筆書きのなかにをり 文福
一筆書きにうち興じている。この片蔭のなかに無心で興じているからこそ夏らしい涼し
さ。
片蔭や日向日陰の目地の草 文福
強烈な太陽光線がはっきりした目地をつくった。我は目地を読みながら涼しい日陰に憩っているぞ。目地は建築用語で<少し間隔をあけた部材間の隙間>。馬目地、わらい目地、広目地、糸目地エトセトラ。
椅子どけて失せし片蔭すがる猫 耕泉
椅子をどけたら猫の<片蔭>がなくなってしまうことになる。猫が片蔭を返せとばかり
取りすがってくる。
片蔭や行きて帰らぬこともあり 穭
かの人は片蔭を去りいづこともなく出ていった。あの人は片蔭をいま去ろうとしている。
行雲風来。また帰らぬこともあるぞよ。
片蔭やイチかゼロかを選びをり 文福
えらいことをしているのでなかろうか。丁半ばくちではないと思うが。
バス停の片蔭動くひとは無し ろんど
ほんとに暑いんですなあ。虫一匹動かない。皆死んだようになっている。バス待ちの長
い暑い時間。
黙(もだ)しつつ母娘歩める蝉の寺 露徒
蝉の鳴き声でむしろ深閑とした古刹を沈黙の母娘がしずかに歩んでいる。胸中去来するものは何。
蟻の列砲兵地図を知らざりし 三郎
満蒙の大陸か。えんえんと続く砲兵の列。蟻たちはひたすら砲身を押すのみで何処へ行くのかは知らなかった。士官が知っていれば足りるのだ。蟻が知る必要はない。兵や蟻は砲をひたすら引っ張り、敵がきたら撃てばよい。
入梅や苔は領土を広げをり 文福
梅雨じめりのなか、庭の苔が一気に領土を広げた。<領土>がポイント。